後期学園生活 30日目



基本行動宣言成功


Diary


ジュネス「いよいよ・・・ですね。」

エレイナ「ああ、迷惑ばかりかけてすまない。」

ジュネス「何を言ってるんです。今まで大変だったのは御姉様でしょう?」

エレイナ「ジュネス、今まで見えてたものは見えなくなるんだぞ?本当に辛くないのか?」

ジュネス「御姉様の為になるのなら・・・むしろ嬉しいくらい。」

エレイナ「貰った目は一生大事にする・・・っ!」

ジュネス「例え見えなくとも御姉様の大切な目、私だって大切にします。」

エレイナ「・・・手術、上手く行くといいね。」

ジュネス「きっと上手くいきますよっ。」


こうして二人とも手術室に運ばれていった。



・・・・・


あれから数日後―――未だに僕は外の世界を見ていない。

というのも、まだ包帯が取れていないからだ。

けれどもそれも今日迄。

ついに僕の包帯を外す時が来た・・・!


医者「これから君の包帯を取る。」

エレイナ「・・・はい。」

医者「では取る前に注意事項がいくつか、しっかり聞いてもらおう。」

エレイナ「はい・・・?」

医者「包帯を取ってもすぐに目は開けないこと。徐々に目蓋を開いていきなさい。」

エレイナ「はい。」

医者「もう一つ。君は17年間生きてきて、我々人間や妖精の姿を一度も見た事がないんだ。」

エレイナ「・・・。」

医者「すなわち、少なからず周囲の人や自分自身の姿にショックを受けるかもしれない。言ってみれば君にとっては見た事も無い宇宙人が住む惑星のようなものなんだ。」

エレイナ「・・・っ!」

医者「パニックにならず、冷静に我々の姿を認識して欲しい。怖がらないで、姿は見慣れなくとも人間・妖精なのだから。」

エレイナ「は、はい・・・。」

医者「では・・・心の準備はできたかい?」

エレイナ「・・・少し、深呼吸を。」

医者「そうか。」


早く皆や世界を見てみたいという好奇心はある。

でも・・・それ以上に見るのも怖い。


ジュネス「・・・御姉様?」

エレイナ「ジュネス?来てたのか!?目はもう大丈夫か!?」

ジュネス「はいっ、私は大丈夫です。だから・・・御姉様も勇気を出して。」

エレイナ「・・・わかった。」


ジュネスに促されるようにゆっくりと包帯を外してゆく・・・。

けれどまだ目は瞑ったまま。

なのに既に目蓋越しに何か光のようなものを認識できる。

もしかしたらこれが色なのか?


エレイナ「じゃあ・・・目を開ける・・・。」

ジュネス「頑張って・・・!」

エレイナ「うっ!」


急に飛び込んできた光に驚いて慌てて目をぎゅっと瞑る。


医者「慌てないで、ゆっくり開くんだ。まだ光に慣れてない君の目にはここの光は強すぎる。」

エレイナ「はい・・・。」


無意識にジュネスの手を力強く握ってしまう。


エレイナ「ゆっくりと・・・。」


薄っすらと目を開けてから、徐々に視界を広げてゆく。

何か・・・『見えて』きた・・・。

明らかに何かの形をしているのだが、これが何なのか判らないのが非常に歯痒い。


ジュネス「御姉様・・・?」

エレイナ「ジュネス・・・これは何だ?」


目の前で動くこの物体が何なのか?


ジュネス「それは私と御姉様の手です。ほら・・・。」


どうやら僕はジュネスの手を握った自分の手を目の前で動かしていたようだ。


エレイナ「なるほど、これが『手』なのか・・・。」

ジュネス「そうです。早く他の世界もその目で・・・!」

エレイナ「待って、ジュネス。そこに居るんだよね?」

ジュネス「はい?」

エレイナ「顔を―――見ても良いか?」

ジュネス「・・・ええ、どうぞ。」


恐る恐るジュネスの声がする方向へと首を回す。

まだ見る為に目を動かすという事がわからなかったからだ。


エレイナ「・・・・・。」

ジュネス「私の事、怖い・・・です?」

エレイナ「その声、当たり前だけどジュネスだね。」

ジュネス「???」

エレイナ「ジュネスだって判っているのなら・・・例えどんな姿だって怖くはないさ。」


視界でジュネスの位置を確認すると腕で抱き寄せた。


エレイナ「ありがとう。大好きだ・・・。」

ジュネス「これで・・・公平ですよね。」


不意に出てきた涙ではっきりとしてきた視界が再び歪む。

けれど、どれだけ歪もうともう決してジュネスの顔は忘れない。

落ち着きを取り戻すと、暫く周囲の人を眺めてからあることを思い出す。


エレイナ「そうだ、赤い色がどんな色かを見たかったんだ。」

ジュネス「あ、なら私がリボン外しますからっ。」


ぬっと近づくジュネスの腕に驚きながらも、リボンを外して貰った。

普段、僕のリボンなんて外した事がないから少し時間がかかってるみたいだけど。

なんとか外し終えると、僕の前に差し出してくれた。


ジュネス「これが『赤』ですよ、御姉様。」

エレイナ「これが・・・。」


ずっと肌身離さず身につけていたのに初めて目にする鮮やかな色。

こんなに綺麗な色だったなんて。


ジュネス「そうだ、御姉様。御自分の姿も見たいでしょう?」

エレイナ「あぁ、それも気になるね。」

ジュネス「これ・・・御姉様が持ち帰った夜空と御姉様が写ってる写真です。」

エレイナ「これは確か―――天文部員に撮ってもらった夜空の写真か?」


写真の質感は指がしっかりと覚えていた。

そこに写っていたのは・・・満天の星空の下で金槌を持ち、赤いリボンを頭につけている自分と思われる姿。

これがあの時の空?

よく判らないけど思わず数分間魅入ってしまった。

天文部員が魅了されたのも今なら頷ける。


ジュネス「あとあと、これが御姉様を模したお人形。これも学園での物ですよね?」

エレイナ「ははっ、こんなものも作ってもらったっけね。本当に僕と似た赤いリボンをつけてるよ。」

ジュネス「・・・御姉様のこんなに嬉しそうな笑顔、初めて見ました。」

エレイナ「ん?こんな写真の表情じゃないのか?」

ジュネス「いえ、もっと・・・嬉しそうに笑ってました。」

エレイナ「えっと・・・嬉しそうな笑顔ってどんな感じなんだ?」

ジュネス「今の私みたいな顔ですよっ。」

エレイナ「・・・! ふふ、よくわかったよ。」


二人でクスクス笑い合う。

こんな単純な事が凄く新鮮で嬉しかった。


ジュネス「これから色々勉強しなきゃダメですね。」

エレイナ「そうだな。色の種類や物の感触と見た目も少しずつ一致させていかないと。」

ジュネス「それに文字も覚えなきゃダメですよ?」

エレイナ「う・・・参ったな。また色々勉強し直しだ。」

ジュネス「それくらいなら私が少しずつ教えてあげますから。」

エレイナ「これ以上ジュネスの世話になるわけにはいかないよ。少しは一人で・・・。」

ジュネス「御姉様は一人で頑張りすぎですっ!」

エレイナ「し・・・しかし・・・。」

ジュネス「今まで私が楽をしてきたんですから、少しずつお返しさせてください。」

エレイナ「・・・わかったよ。よろしく頼む。」

ジュネス「えへへ、やったっ♪」


やれやれ・・・普段は素直で優しいのにこんな時は凄く頑固だ。

それがジュネスのいい所でもあるんだけどね。


ジュネス「そういえば御姉様。見てみたかったものって何が有ります?」

エレイナ「有り過ぎて一つ一つ挙げてたらキリがないな・・・。」

ジュネス「じゃあ一番見てみたかったものは?」

エレイナ「勿論、まずは自分と家族の姿。それとこのリボン。」

ジュネス「でもそれは見ちゃいましたしー・・・。」

エレイナ「後は・・・あの馬鹿死神の姿かな。」

ジュネス「死神・・・?」

エレイナ「簡単に言えば・・・僕の専属教師だった人さ。」

ジュネス「へぇー・・・そんな人も居たんですね。」

エレイナ「今は何をしてるんだかね。」

ジュネス「教師なら誰か新しい教え子についてるのでは?」

エレイナ「・・・ははっ。確かに『憑いてる』かもしれないな。」


クイーパ・・・いずれ、その面を拝ませて貰うからな?


エレイナ「さて、ジュネス。外へ行くぞ。」

ジュネス「えっ、もう!?」

エレイナ「外に出たってもう問題ないのだろう?」

医者「ん?ああ、問題はないが・・・大丈夫かね?」

エレイナ「早く外の世界をじっくり観察したいんだ。」

ジュネス「じゃっ、一緒にいきましょうっ!」


―――僕にはもう怖いものなんてないのだから。



第三章「暗闇」完  次章「羨望」へ・・・?








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